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東京地方裁判所 昭和43年(手ワ)5314号 判決

《住所省略》

原告 株式会社 森脇文庫

右代表者代表取締役 森脇將光

右訴訟代理人弁護士 大山忠市

同 大山皓史

《住所省略》

被告 東洋精糖株式会社

右代表者代表取締役 秋山利郎

右訴訟代理人弁護士 渡辺留吉

同 依田敬一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金五億円及びこれに対する昭和四三年一一月二三日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、別紙手形目録番号(1)ないし(7)記載のとおりの原告まで裏書の連続する約束手形七通(以下「本件各手形」という。)を所持している。

2  被告は、本件各手形を振り出した。

よって、原告は被告に対し本件手形金五億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

三  抗弁

1  害意の抗弁

(一) 総論

被告は、以下に述べるとおり、別紙手形及び小切手目録記載の各約束手形及び小切手(以下「書換前の手形及び小切手」という。)を訴外吹原産業株式会社(以下「吹原産業」という。)の代表取締役であった吹原弘宣(以下「吹原」という。)により詐取されたが、本件手形は、右書換前の手形及び小切手を書き換えたものであるところ、原告は、右詐取の事実及び原告を害することを知りながら本件手形を取得したものであり、被告は右手形の振出の原因関係となった取引を詐欺を理由に意思表示の取消をしたから、原告に対して、手形法七七条、一七条但書、小切手法二二条但書により、いわゆる害意の抗弁をもって対抗しうる。

(二) 森脇と吹原の関係

(1) 森脇の経歴

原告代表者森脇將光(以下「森脇」という。)は、昭和三年慶応義塾大学を中退し、貸金業、土地売買斡旋業、出版業等に従事してきたが、同三四年三月に、先に同三一年二月出版業を営むために設立していた原告の営業目的に金銭の貸付仲介等の業務を付加し、その代表取締役として貸付業務の全般を統括主宰していたものである。

(2) 吹原の経歴

吹原は、昭和二三年頃から繊維製品、金融ブローカー等をしていたが、同三五年一〇月枕木の販売等を営業目的とする訴外北海林産工業株式会社(後に北海林産興業株式会社と商号変更、以下併せて「北海林産」という。)の、同三七年九月には貸しビル業、遊技場経営、宅地造成並びに分譲、不動産売買、倉庫業等を営業目的とする吹原産業のそれぞれ代表取締役に就任し、その他にも数社の代表取締役をしていたものである。

(3) 森脇と吹原の取引関係

イ 吹原は、昭和三七年六月訴外伊藤忠商事株式会社(以下「伊藤忠」という。)より訴外芝浦精糖株式会社(以下「芝浦精糖」という。)外一三社の株券七五〇万株(時価約一三億円相当)を融資の担保名下に騙取し、芝浦精糖の株券二〇万株を金融業者に渡してこれを担保とする金融を依頼したところ、たまたま、この株券が原告に持ち込まれ、これを伊藤忠において知るところとなり、伊藤忠、吹原、森脇の三者が会談することになったことから、森脇と吹原が面識を持つようになった。その後、数回に渡って、三者間で交渉が重ねられ、事件は表面化することなく解決した。

森脇は、右交渉の過程において、吹原が、手形詐欺師で、犯罪の前科もあり、さほど経済的信用もないこと、それにも拘らず、同人が三菱銀行銀座支店に巧みに取り入ってある程度の銀行取引をしていること、吹原が自由民主党の黒金泰美代議士(以下「黒金」という。)、大平正芳代議士ら池田派の有力者と交際があり、この政治家との関係をことさら吹聴することによって自己の信用を虚飾して人を騙していること、伊藤忠からの株券詐取も右政治家との関係を犯罪に利用したものであることなどを知るに至った。

ロ 森脇は、昭和三七年八月頃から吹原に対して預金資金や事業資金を融資するようになったが、その回収を確保するため、吹原に貸し付けた資金はそのほとんどを銀行に預金させ、その預金証書を預かって手元に確保しておき、吹原が預金取引を反復することによって銀行の信用を得られることを利用して吹原に銀行から融資を受けさせ、その借入金をもってまず原告会社への返済金に充てさせ、残余を吹原の事業資金に充てさせるという方法を取った。

吹原は、右森脇の指示に従い、原告から借り受けた資金を、一部原告への返済や自己の事業資金に充てた外は、原則として三菱銀行、大和銀行、三和銀行等に通知預金あるいは定期預金などして、その預金証書を森脇に渡す方法で、預金取引を繰り返し、銀行の信用を得て借り受けた金員は、一部を自己の事業資金等に充てた外は、原告会社への返済金に充てることを継続した。

右のような方法により、森脇は多数回に渡って吹原に多額の資金を貸し付けて、高利率による利息を元本に繰り入れるなどして貸付額の増加を計り、吹原から利益を上げていった。

以上の取引により昭和三九年五月中旬ころには森脇の計算によれば、原告の吹原に対する債権残額は三十数億円に達していた。

(4) 森脇の吹原に対する手形等の詐取の示唆

吹原は、昭和三八年秋頃から、銀行融資が次第に減少し、原告に対する借入金の返済も渋滞するようになってきた。

そこで、森脇は別の方法で利得を図ろうと考え、吹原をして上場会社や有名人より手形を詐取させて旧債の弁済に充てさせようと以下のとおり企図した。

即ち、森脇は、吹原に詐取させた手形などを担保として同人に融資し、もしくは吹原のために手形を割り引くなどの方法によって手形と担保物を取得し、貸付または割引により高利率の利息または割引料を天引きするほか、それまでの吹原の債務の返済などとして手形を取得する。そして吹原には振出人に対して手形が森脇の手中にあることを極力秘匿させ、振出人が手形期日到来の都度手形切り替えを続ける間に、吹原とは無関係に、手形所持人に対して直接振出責任を認めざるを得ないように仕向けてゆき、機を見て森脇が手形所持人として表面に立ち現れて振出人に対し手形金支払を請求する。このようにすれば、後日吹原の詐取が発覚しても、善意の第三者を主張する森脇に対しては、法律的にみても、またそれまでの行きがかりの上からも拒否の理由を見いだすことが困難となるのみならず、振出人が一流上場会社もしくは有名人であれば、対外的信用の失墜を恐れる余り、詐欺被害の事実を表沙汰にしないで手形金を森脇に支払わざるを得ない。

森脇は、以上のように考え、昭和三九年八月一〇日頃、吹原に対して「少し旧債を返せば、バックが手形の割引をしてくれるようだから」と申し向け、

a 持ち込む手形について、万一の場合でも世間体を考えて告訴などせず、手形金を支払ってくれるような一流会社を選ぶこと、

b 振出人には銀行で手形を割ると偽って手形を取ってくること、

c 割引金の一部を振出人に渡しておいて、後は手形の切り替えをして引き延ばすこと、

d 右切り替えによって、振出人は切り替え手形の振出責任を認めたことになるから、森脇が振出責任を追求して手形金を取り立てること

などの注意事項を指摘して吹原を唆し、吹原をして手形の詐取を決意させた。

(三) 吹原による手形等の詐取

(1) 吹原は、情を知らない訴外高松重次らに融資先の斡旋依頼をし、右高松は、被告会社の秋山利郎社長、松下経理部長らと会い、吹原からの話を伝えたところ、当時千葉県内で工業用地を入手する計画を建てていた被告は、砂糖業界の不振と金融引締めのため資金調達に困っていた折りでもあったことから、吹原に融資を依頼することになった。

右秋山、松下は、昭和三九年一〇月九日頃、吹原と会い、金五億円の借用方を申し入れ、担保として秋山所有の渋谷区南平台所在の不動産を提供することも申し添えた。

(2) 吹原は、前記昭和三九年一〇月九日頃から同年一一月初旬ころまでの間、数回に渡り、前記のように融資を希望する松下経理部長に対し、「三和銀行東京支店に一〇億円単位の融資枠がある。これを貴社に使わせるようにする。」「三和銀行から五億円の融資ができるように話がまとまった。南平台の不動産の権利証などの関係書類と貴社の手形などを三和銀行に預けるなら、貴社の融資の枠をつくってあげる。最初は、吹原の枠によって三和銀行から融資を受け、これを日歩二銭四厘で二年間貴社に貸す。二回目からは東洋精糖の枠で貴社が銀行から直接融資を受けられるようにする。なお銀行から金が出るまで、貴社の方には吹原産業の手形を渡しておく。」などと申し向けて、松下を介して被告にその旨誤信させ、同年一一月六日ころ、吹原産業において吹原産業振出の額面金五億円の約束手形一通を交付するのと引換に、松下経理部長から、別紙書換前の手形及び小切手目録記載の(1)ないし(6)の約束手形(以下「書換前の(1)ないし(6)の手形」のようにいう。)六通及び左記約束手形四通(以上額面合計金五億円)及び秋山所有の南平台の宅地及び建物の権利証、同人の委任状及び印鑑証明書を詐取した。(以下、「一回目の詐欺」という。)

a 金額 五〇〇〇万円

満期 昭和四〇年三月五日

支払場所 勧業銀行茅場町支店

b 金額 四五〇〇万円

満期 昭和四〇年三月一五日

支払場所 同右

c 金額 八五〇〇万円

満期 昭和四〇年三月二〇日

支払場所 同右

d 金額 二〇〇〇万円

満期 昭和四〇年二月一八日

支払場所 協和銀行亀戸支店

吹原は、同月九日頃、銀行から融資が実行されるまでの当座の資金を吹原において貸し付けると称して金三五〇〇万円を被告に交付し、右aないしdの四通の約束手形を不動産の担保価値が三和銀行により金三億円にしか評価されなかったことを理由として返還した。

(3) 吹原は、同年一一月一〇日頃、被告会社の松下経理部長を吹原産業に呼び、「貴社では五億円の融資を希望しているのに三和銀行が三億円しか出してくれないので、別に黒金代議士に頼んで、三菱銀行に二億円の融資を受けられるよう枠を作ってもらってやった。それについては三菱銀行に実績を作る意味でただ預けるだけだから、とりあえず二億円の約束手形をあずからしてもらいたい。そしてそれと同時に、東洋精糖と三菱銀行とは取引がないから、東洋精糖と吹原産業との間に取引実績があることを三菱銀行に示す必要があるので、二億円の貴社の先日付小切手と当社の先日付小切手とを交換し会い、期日がきたら相互に切り替えを続けて行くことにしたい。」と申し向け、その結果、右言を信じた被告から、同日吹原産業において黒金振出の三菱銀行本店宛、額面金二億円の吹原の偽造にかかる小切手と引き替えに、被告会社振出の書換前の手形及び小切手目録記載の(1)及び(2)の小切手(以下「書換前の(1)、(2)の小切手」のように言う。)二通並びに左記約束手形二通の交付を受けてこれを騙取した。(以下、「二回目の詐欺」という。)

e 金額 一億円

満期 昭和四〇年三月一五日

支払地 東京都中央区

振出地 同右

支払場所 勧業銀行茅場町支店

振出人 被告

f 金額 一億円

満期 昭和四〇年三月一〇日

支払地 東京都江東区

振出地 東京都中央区

支払場所 協和銀行亀戸支店

振出人 被告

(四) 森脇の手形等の取得

(1) 前記(三)(1)記載の被告から吹原に対する昭和三九年一〇月九日頃の融資申入れ直後頃、吹原は、吹原産業にきた森脇に対して、右東洋精糖からの申入れを伝え、同社から手形を詐取することに同意を求めた。森脇は、砂糖業界の景気の悪いことを理由に言を濁していたが、南平台の不動産を担保とすることを条件に右融資に同意した。

(2) 同年一一月七日頃、吹原は、一回目の詐欺により詐取した一〇通の手形及び権利証等を原告会社に持参して換金を依頼した。ところが、森脇は、不動産の担保価値が金五億円に満たないことを口実に書換前の(1)ないし(6)の額面合計金三億円分の手形についてのみ換金を了承し、その余の前記aないしd記載の四通の手形の換金を拒絶した。右金三億円分の手形については、日歩二七銭五厘の高利率による利息と従前の貸付金に対する弁済分として天引計算したうえ、現金一億八三〇〇万円を吹原に交付した。

吹原は、同月九日頃、右森脇から受領した金員の内金三五〇〇万円を前記のつなぎ資金の貸付名下に被告に交付し、また森脇から換金を拒絶された右四通の約束手形を前記の口実のもとに返還した。

(3) 森脇は、前記aないしdの四通の手形の返却に際し、吹原に対し、被告会社から約束手形の代わりに小切手を詐取してくれば換金してやることを示唆した。

吹原は、右示唆に応じて行った二回目の詐取により取得した右書換前の小切手(1)、(2)二通を即日森脇に交付し、右e、fの手形に付いては自己の株式会社長谷川工務店に対する工事代金の支払のために同社に交付した。

(五) 本件手形への書換え

(1) 被告は、吹原の要請により、昭和四〇年二月八日頃、前記書換前の(1)ないし(5)の手形を書換前の(7)ないし(11)記載の手形五通に書き換え、さらにその後、同年四月二日、書換前の(1)、(2)の小切手を書換前の(13)の手形に、書換前の(6)の手形を同(12)の手形にそれぞれ書き替えた。

(2) 以上の手形書換えについては以下のような事情があった。

被告は、昭和四〇年一月中旬頃、被告振出の手形が森脇のところにいっているようであること、秋山社長所有の南平台の不動産が森脇の方に登記されているようであることを聞き、また前記e、fの手形について長谷川工務店から振出確認がなされたことから、手形の行方について疑いを抱くに至ったが、被告が吹原に交付している手形、小切手の金額は多額に昇っていたため、これらが銀行を通じて取り立てられれば、会社の破綻も免れられないことから、前記同年二月八日の手形の書換えに応じた。

被告は、同年二月中旬頃、被告振出の手形、小切手が森脇の手中に保管され、南平台の不動産については森脇の関係者である徳田一枝名義で仮登記がなされていることを確認したため、弁護士を通じて森脇、吹原と交渉を続け、手形の返還を要求した。その結果、同年三月二〇日頃、南平台の不動産については仮登記の抹消がなされたが、他方、森脇は、同月一〇日過ぎ頃被告に対し、同年三月一三日付の小切手二通額面合計金二億円を支払銀行に取立に回す旨を通知してきたため、被告は色を失い、交渉の結果、前記四月二日の書換えをなした。

その後、被告は、森脇及び吹原と話合いの上、手形返還交渉がまとまるまで、手形の支払期日の訂正または手形の書換えを行うことに同意し、書換前の(7)ないし(13)の満期日の訂正が行われ、本件(1)ないし(7)の手形となった。

右満期日の訂正等に関しては利息は吹原が負担する約定になっていたので、被告は負担していない。

(六) 森脇の害意について

仮に森脇が、吹原による被告に対する書換前の手形及び小切手の詐取について共謀したものでないとしても、森脇は、右手形及び小切手を吹原が詐取したことを認識していた。その事情は以下のとおりである。

(1) 吹原の芝浦精糖株券詐取に対する認識

吹原の昭和三七年六月の伊藤忠に対する株券の詐取について、森脇は、以下のとおりその事情を認識していた。

当時伊藤忠の管理課長で右株券の回収の折衝に当たっていた訴外中山昭雄は、同年七月初め頃森脇に対し、伊藤忠が、北海林産の社長である吹原との間に融資契約を結び、債権の担保のために三菱銀行に保護預けにするという約定で同人に株券を提供し、保護預り証まで受領していたが、市中に流れてしまったことを説明した。これに対し森脇は、右契約の経過を詳しく説明することを求め、中山は、後日関係書類一切を森脇に示してその経過を説明し、吹原から騙されたことを伝えた。

また、森脇は、当時森脇の下に出入りしていた訴外大久保仁に対し、右芝浦精糖の株券について調査を命じ、関係者に会って調査した同人から、吹原は三菱銀行を舞台に株券を騙取し、その中から芝浦精糖の株式を抜いて融資に回したため紛争が起きたらしいこと、吹原は政治家と関係があることなどの報告を受けていた。

(2) 吹原の詐欺の前科に対する認識

森脇は、岩久保仁から前記伊藤忠事件に関する報告を受けた際、同人から、かつて富士車輌とか志村製作所の手形詐欺事件でその犯人として吹原の名前が新聞に出ていたことを聞いていた。

また、森脇が自ら「昭和三七年七月三〇日調、北海林産伊藤忠事件書類綴り」と題した綴り中のメモに「社長吹原(前科有り、一年ほど前に東京警視庁に入ったばかりの男)」との記載がある。

(3) 森脇は、実際にバック(金主)がいないのに、吹原に対しバックの存在を装っていた。

(4) 吹原の経済状況に対する認識

吹原は、昭和三八年秋頃から、吹原産業に対する銀行融資が次第に減少したため、原告に対する借入金の返済が渋滞するようになり、単独では銀行から融資を受けることができず、森脇の斡旋で三和銀行東京支店から借入れをしていた。

すなわち、吹原は、三和銀行東京支店から昭和三九年二月二五日に金三億円、同年三月三一日に金三億円のそれぞれ融資を受けたが、当時同銀行と取引開始後日が浅く、独力で高額の融資を受けるに足りる取引実績がなく、信用を得ていなかった吹原が右の融資が得られたのは、同支店の大口預金者であった森脇が、吹原に対する右融資をしないなら森脇の数億円の預金を引き下ろしかねない態度を示して右融資を強力に要請したためである。

同銀行は、右融資の際、金六億円の担保として、吹原の五反田のボーリングセンターの敷地につき順位一番の根抵当権の設定登記を受けたが、右土地の担保価値が金四億五〇〇〇万円程度と評価されることから、さらに同土地上に建築中のボーリング場兼冷凍庫の建物が完成したときは、この建物に一番根抵当権を設定する旨の念書を、吹原から徴した。

このようなこともあって、森脇は、吹原産業に対する銀行融資が難しくなってきたこと並びに吹原産業及び関係会社の資力の乏しさを明確に認識するようになった。

(5) 吹原の被告に対する融資金不交付の予測

森脇は、書換前の手形及び小切手が、いわゆる融通のためのものであり、その融資金が吹原から被告に渡らないことを予測していた。すなわち、

イ 森脇は、被告が砂糖の製造を目的とする会社であること、吹原産業が貸しビル業、遊技場経営、宅地造成並びに分譲、不動産売買、倉庫業を営む会社であることを認識しており、吹原産業から書換前の手形及び小切手を受領する際、右のような多額の手形及び小切手が吹原と被告との間の商取引によって生じた債務支払のために振り出されたものであったと考えるはずがない。

ロ 森脇は、第一回目の手形を吹原から取得した際、金三億円の手形に対して、現金一億八三〇〇万円しか交付せず、しかも内金一億二〇〇〇万円は先に吹原が平和相互銀行から借入れした債務金二億円に充当させている。また第二回目の小切手を吹原から取得した際も、現金二億円を吹原に交付したが、他方、森脇が先に吹原から取得した朝日土地株式会社(以下「朝日土地」という。)振出の手形が、同社より詐取を理由に強硬に返却を迫られていたことから、右交付金中一億六〇〇〇万円を、吹原をして朝日土地に交付させ、同社にこれと同額の日銀小切手を組ませ、右小切手の受領と引き替えに右朝日土地の手形を吹原に交付した。

ハ 森脇は、吹原が、本件各書換前の手形及び小切手を取得した当時、原告その他に対して巨額な債務を負っていたこと及び右各手形及び小切手が融通手形及び小切手であることを認識していたのであるから、森脇において吹原に対する割引金を旧債に充当させれば、吹原が手形の振出人に割引金を交付し得なくなり、窮地に陥ることは、当然予測できたはずである。

(6) 振出確認等の確認行為の欠如

本件書換前の手形は極めて高額であり、しかも森脇は、吹原には疑念を抱かせるような多くの事情があることを熟知していた。

さらに、森脇は、昭和二九年頃、訴外岩久保仁、同鈴鹿武、同荻野荘都夫らの詐取した手形を割り引いた事件で、東京地方検察庁で取調べを受けた際、同庁に対し、「爾後念には念を入れて手形の発行確認をし、詐欺手形を取得するような間違いを起こさない」旨の上申書を提出している。

右のような事情があったのに、金融業者である森脇は、被告に対して振出確認等の確認行為をしなかった。

以上によれば、森脇が、吹原から被告振出の手形を取得するに際して被告にその振出確認をしなかったのは、吹原の詐取を知っていたからであるという以外にはその理由を見い出しがたい。

(7) 吹原の朝日土地からの手形詐取に対する認識

吹原は、昭和三九年八月下旬頃から同年九月二五日頃までの間に三回に渡り、朝日土地の代表取締役丹沢善利らを欺罔して同社振出の約束手形八通(額面合計金一三億二五〇〇万円)及び同社株式四〇〇万株(時価合計金七億二〇〇〇万円相当)を詐取した。

森脇は、右手形の内合計金八億八〇〇〇万円分の手形を吹原から取得していた。

ところで、吹原は、右森脇に渡した手形以外の手形の一部を訴外松本商事株式会社に譲渡していたところ、同社が昭和三九年一〇月五日頃、右手形について朝日土地に振出確認の照会をなしたことから、朝日土地は、吹原の詐欺に気付き、吹原に対し手形の返却を強く要求した。吹原は、このことを同月末頃、森脇に相談して協力方を依頼した。

その結果、森脇は、前記(4)ロ記載のとおり、取得していた手形を吹原に対して返還した。

従って、森脇が、吹原から本件書換前の手形及び小切手を取得した当時は、すでに右朝日土地関係の詐欺事実を知っていたものである。

(8) 押一一〇号書面について

イ 吹原産業及び森脇らに対する詐欺等被告事件控訴審(東京高等裁判所昭和四七年(う)第一四〇〇号)判決(以下「高裁刑事判決」という。)において同裁判所(以下「高裁」という。)は原告が昭和三九年一一月一一日以降、吹原の被告に対する詐取についての知情があったとする証拠として左記のような内容を記載した書面一枚(東京地方裁判所昭和四〇年押第一八五五号の一一〇、以下たんに「押一一〇号」という。)を挙げている。

「冠省株券は数をそろえて居りますので、肇から後から直接そちらえ御届け致します。あと三十分くらいで行くと思います。手形だけは別に私がさきに持帰りましたから、別に使之者え持参致させました。

注意 銀行で割引いたことになっているからこの手形に吹原産業の宛名を入れ、裏書をして裏書の上に裏書上の責任を負わずとかいて捺印して、領収欄に領収印を押して引き渡さるべきでせう。

右要用まで

昭和三九年拾壱月拾壱日

森脇将光

吹原社長殿

侍史」

ロ 右書面は、吹原が、昭和三九年一〇月末朝日土地の丹沢から追求され朝日土地の手形を森脇のもとで割り引いたことを告白し、同年一一月一一日金一億六〇〇〇万円を森脇に渡して、同人のもとで割引を受けていた同額の朝日土地手形一通及び株券一五〇万株の返還を受けたが、これらを朝日土地に返還するにあたり森脇が吹原に対し、注意として同日届けさせたものである。

すなわち右書面は、森脇が、吹原の詐取を知りながら、その犯跡を隠すために手形を銀行で割り引いたかのように装うよう指示をする目的で作成した文書である。

ハ 吹原は、前記(7)記載のとおり、朝日土地からの追求をかわすため、同年一一月一〇日頃被告から騙取した書換前の額面合計金二億円の小切手を森脇に渡して現金二億円を受領し、内金一億六〇〇〇万円を朝日土地に渡して東京銀行本店の日銀小切手に替えてもらい、翌一一日に同小切手を森脇のところに届けて、引換えに朝日土地の額面合計金一億六〇〇〇万円の手形と株券一五〇万株の返却を受けて朝日土地に返還した。

ニ 以上の事実によれば、森脇は、遅くとも吹原から丹沢らに対する告白をしたことを聞き知った昭和三九年一〇月末日頃には、吹原の詐取の事実を認識していたというべきである。

ホ 同書面の作成経緯について、森脇は右刑事事件公判供述中で、以下のように述べている。

「(昭和三九年)一一月一一日吹原を介して朝日土地に同社振出一億六〇〇〇万円の手形と一五〇万株の株券を返す際、吹原が、『あの手形は社長の方で銀行から再担保して割り引かれませんでしたか』と聞いたので、金が必要なら割り引こうとも思ったが、それほど必要でもなかったので割り引かなかったと話したところ、吹原は、『朝日土地の言うには初めからあの株式は自社株になっているから私の資金先であちこち回されると困るからといっていたので、私は自分の資金バックではあちこち回すことなく銀行で割り引くのだから心配するなといっておきましたから社長が割り引かずにいたなら誤解を受けるかも知れませんね。どういうふうにして返したらいいでしょうか』と聞くので、自分の方では株式担保で吹原産業の手形を割り引き、その副担保といった意味で朝日土地の手形を差入れてもらったのだから自分が銀行で割り引いていようといまいと誤解を招くことは何もないと思ったから、そのまま返したって差し支えないことですよといっておいたが、しばらくして運転手に手形を届けさせるとき、さっき吹原が話したことを思い出し老婆心までに後日いかなる観点からも吹原が誤解や損害を受けることのないようにと思って走り書きで手紙を書き、最後注意としてそのことを書き添えた」

しかし、高裁刑事判決は右の森脇の公判供述が信用できないとしており、その理由として

a 同人の検察官に対する供述調書の供述内容と異なる。

b 吹原は森脇の公判供述に述べられている前記のようなことを森脇にいったことがないと右高裁刑事事件の公判において供述しており、右書面作成当時はすでに吹原が丹沢善利、六車武信に対し、朝日土地の手形は森脇のところに行っていると告白した後であるから、森脇がいうようなことを吹原が森脇に対し述べるということは考えられない。

c 一一月一一日に吹原を通じて朝日土地へ返還された金一億六〇〇〇万円の約束手形の裏面には、吹原は森脇の注意に従った記載等をしていない。

d 吹原が右手形に裏書をしなければ、損害を受ける危険性はないはずである。

e 銀行で割り引いた事実がないのにわざわざ朝日土地のいやがるような虚偽の事実を構えて銀行で割り引いたように装う必要は全く考えられない。

f 右書面の体裁及びわざわざ書面を書いて届けていること。

以上の事情を掲げている。

被告は、右控訴審判決の判断を被告の主張として援用する。

(9) 結論

以上の事実によれば、森脇は、吹原から本件書換前の手形及び小切手を取得した際には、それらが吹原によって被告から詐取されたことを認識していたというべきである。

(七) 取消しの意思表示

被告は、昭和六〇年一一月二七日吹原及び吹原産業に対し、書換前の手形及び小切手の振出原因となった融通契約を詐欺を理由に取消しの意思表示をなし、右意思表示は右両名に到達した。

(八) 結論

よって、被告は、原告に対し、手形法七七条、一七条但書により、吹原産業に対する詐欺による意思表示の取消しをもって、対抗し得る。

2  手形法一六条の抗弁

(一) 手形法一六条二項の「手形ノ占有ヲ失ヒタル者アル場合」とは、手形の紛失、盗難の外、詐欺により騙取された場合もこれに該当するものと解すべきである。

すなわち、同条同項の規定は、民法一九二条と同じく無権利者から手形を取得した場合でも、裏書が連続しているときは、取得者に悪意または重大な過失のない限り、手形上の権利を取得し得ることを定めた善意取得の規定である。従って、同項は、手形の所持人が手形を無権利者から取得した場合の規定であり、前所持人の無権利の理由については、それが盗取であろうと、遺失物の横領であろうと、詐取であろうと変わりはない。

(二) ところで、仮に、森脇が、前記吹原産業による詐欺の事実を知らなかったとしても、前記1(六)記載の各事実によれば、森脇は、本件書換前の各手形及び小切手を取得する際、右各手形が詐取されたことを知らなかったことにつき、同条二項但書にいう重大な過失があったというべきである。

(三) よって、被告は、原告の本件手形金請求を拒むことができる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 同1(一)の事実は否認する。

(二) 同1(二)(1)の事実は認める。

(2)の事実は不知。

(3)イ中、芝浦精糖の株券が原告方に持ち込まれたことは認め、右手形が持ち込まれた経緯については不知、その余の事実は否認する。同ロ中、原告の吹原産業に対する債権残額が、昭和三九年五月中旬頃に原告の計算で三十数億円に達していたことは認め、その余の事実は否認する。

同(4)の事実は否認する。

(三) 同1(三)(1)ないし(3)の事実は不知。

(四) 同1(四)(1)の事実は否認する。

(2)中、森脇が手形及び不動産を担保に吹原産業に金三億円の貸付をしたこと、右貸付の手渡し金額は金一億八三〇〇万円であることは認め、その余の事実は不知。

(3)中、森脇が、書替前の小切手(1)及び(2)を吹原から受領したことは認め、吹原に手形の詐取を示唆したことは否認し、その余の事実は不知。

(五) 同1(五)(1)の事実は認める。

(2)中、南平台の不動産について徳田一枝名義で仮登記がなされ、後に抹消されたことは認め、その余の事実は不知。

(六) 同1(六)冒頭の事実は否認する。

同1(六)(1)の事実は否認する。

(2)の事実は否認する。荻野のメモは、昭和四〇年四月吹原の逮捕直後頃書かれたものである。

(3)の事実は否認する。

(4)中、吹原が森脇の紹介で三和銀行東京支店から金三億円を借りたことは認め、その他の吹原と同銀行との取引経緯は不知、その余の事実は否認する。

(5)冒頭の事実は否認し、イ中、吹原産業が貸しビル業、遊技場経営、宅地造成並びに分譲、不動産売買、倉庫業を営む会社であることは認め、その余の事実は否認する。ロ中、森脇が、吹原から金三億円の手形を受領して現金一億八三〇〇万円を交付したことは認め、その余の事実は否認する。ハの事実は否認する。

(6)中、森脇が、昭和二九年頃、訴外岩久保仁、同鈴鹿武、同荻野荘都夫らの詐取した手形を割り引いた事件で、東京地方検察庁で取調べを受けたことは認め、その余の事実は否認する。森脇は、昭和三九年一一月六日、吹原産業ビルにおいて吹原産業社員に頼んで電話で被告会社を呼び出してもらい、応対した被告会社の松下経理部長に対して原告自ら振出確認をしている。

(7)の事実は不知。

(8)イの事実は認め、ロないしニの事実は否認し、ホ中森脇の刑事事件における公判供述及び高裁刑事判決に被告主張のような記載のあることは認める。

(七) 同1(七)の事実は不知。

2  同2中(二)の事実は否認し、その余は争う。

五  被告の主張に対する反論

1  吹原の前科前歴について

昭和三七年七月六日頃の芝浦精糖の株式をめぐる伊藤忠商事と吹原との間の事件は、当時の伊藤忠商事の説明によれば、吹原も被害者の立場にあるようであったし、吹原、原告、伊藤忠商事の間で円満解決したものである。

吹原の前科や右芝浦精糖の株式に関する事件についての事実の確認は、昭和四〇年四月下旬頃、すなわち吹原が逮捕された直後頃、伊藤忠商事の担当者や知人から書類も含めて昭和三七年当時の情報提供を受けたもので、原告は、昭和三七年当時は、岩久保仁とは面識がなかった。

2  押一一〇号書面について

(1) 押一一〇号作成の経緯

同書面の作成経緯については、森脇が刑事事件公判供述中で、述べているとおりである。

(2) 控訴審判決の判断は以下の理由により誤りであり、右森脇の供述は信用できる。

イ 捜査段階と公判段階における当事者の攻撃防御方法の差異に照らせば、森脇の供述の信用性を失わせるほどの相違とは言えない。

ロ 吹原の供述は、当初は自己の単独犯行と認めていたものであって、捜査段階から変遷があり、信用できない。

ハ 吹原は、森脇に対して手形を詐取したことは最後まで言わなかった。他方、丹沢、六車に対してなした告白の内容は「森脇に預けているが割引はいまだしていない」というものであり、森脇に対する手前森脇の供述するような内容を述べる必要があった。

ニ 丹沢、六車に右告白を信用させるには、右約束手形には何等の記載をしないままにしておく必要があったところ、森脇から返還を受けた手形が吹原が交付を受けたときと同一状態のままであったので、これを奇貨として押一一〇号の注意書のようにしなかったに過ぎない。

ホ 吹原が手形を朝日土地に返還しても朝日土地社内における伝票処理のミスで吹原を交付先とした伝票が残される可能性ないし手形が盗難や紛失に会う危険性もあるところ、森脇は、右手形は金一億六〇〇〇万円の小切手と引換えに吹原から朝日土地に返還されるものと考えていたのであるから、吹原と朝日土地との間に手形に絡む紛争の発生する可能性を考えると、森脇が、吹原産業に対して右のような危険を避けさせるために前記のような忠告をすることは自然である。

第三証拠《省略》

理由

第一  請求原因について

請求原因事実は当事者間に争いがないので、以下被告の抗弁について判断する。

第二  被告の抗弁について

一  詐取に基づく害意の抗弁

1  吹原による本件手形の詐取

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 吹原は、情を知らない訴外高松重次らに融資先の斡旋依頼をし、右高松は、被告代表者秋山利郎、同社員松下経理部長らと会い、吹原からの話を伝えたところ、当時千葉県内で工業用地を入手する計画を建てていた被告は、砂糖業界の不振と金融引締めのため資金調達に困っていた折りでもあったことから、吹原に融資を依頼することになった。

右秋山、松下は、昭和三九年一〇月九日頃、吹原と会い、金五億円の借用方を申し入れ、担保として秋山所有の渋谷区南平台所在の不動産を提供することも申し添えた。

(二) 吹原は、前記昭和三九年一〇月九日頃から同年一一月初旬ころまでの間、数回に亘り、前記のように融資を希望する松下経理部長に対し、「三和銀行東京支店に一〇億円単位の融資枠がある。これを貴社に使わせるようにする。」、「三和銀行から五億円の融資ができるように話がまとまった。南平台の不動産の権利証などの関係書類と貴社の手形などを三和銀行に預けるなら、貴社の融資の枠をつくってあげる。最初は、吹原の枠によって三和銀行から融資を受け、これを日歩二銭四厘で二年間貴社に貸す、二回目からは東洋精糖の枠で貴社が銀行から直接融資を受けられるようにする。なお銀行から金が出るまで、貴社の方には吹原産業の手形を渡しておく。」などと申し向けて、松下を介して被告会社にその旨誤信させ、同年一一月六日ごろ、吹原産業において吹原産業振出の額面金五億円の約束手形一通を交付するのと引換えに、松下経理部長から、書換前の(1)ないし(6)の手形六通及び左記aないしdの約束手形四通(以上額面合計金五億円)及び秋山所有の南平台の宅地及び建物の権利証、同人の委任状及び印鑑証明書を詐取した。(一回目の詐欺)

a 金額 五〇〇〇万円

満期 昭和四〇年三月五日

支払場所 勧業銀行茅場町支店

b 金額 四五〇〇万円

満期 昭和四〇年三月一五日

支払場所 同右

c 金額 八五〇〇万円

満期 昭和四〇年三月二〇日

支払場所 同右

d 金額 二〇〇〇万円

満期 昭和四〇年二月一八日

支払場所 協和銀行亀戸支店

吹原は、同月九日頃、銀行から融資が実行されるまでの当座の資金を吹原において貸し付けると称して金三五〇〇万円を被告に交付し、右aないしdの四通の約束手形については不動産の担保価値が三和銀行により金三億円にしか評価されなかったことを理由として返還した。

(三) 吹原は、同年一一月一〇日頃、被告会社の松下経理部長を吹原産業に呼び、「貴社では五億円の融資を希望しているのに三和銀行が三億円しか出してくれないので、別に黒金代議士に頼んで、三菱銀行に二億円の融資を受けられるよう枠を作ってもらってやった。それについては三菱銀行に実績を作る意味でただ預けるだけだから、とりあえず二億円の約束手形を預からせてもらいたい、そしてそれと同時に、東洋精糖と三菱銀行とは取引がないから、東洋精糖と吹原産業との間に取引実績があることを三菱銀行に示す必要があるので、二億円の貴社の先日付小切手と当社の先日付小切手とを交換し合い、期日がきたら相互に切り替えを続けて行くことにしたい」と申し向け、その結果、右言を信じた被告から、同日吹原産業において黒金振出の三菱銀行本店宛、額面金二億円の吹原産業の偽造にかかる小切手と引き替えに、被告会社振出の書換前の(1)、(2)の小切手二通並びに左記e及びdの約束手形二通の交付を受けてこれを騙取した。(二回目の詐欺)

e 金額 一億円

満期 昭和四〇年三月一五日

支払地 東京都中央区

振出地 同右

支払場所 勧業銀行茅場町支店

振出人 被告

f 金額 一億円

満期 昭和四〇年三月一〇日

支払地 東京都江東区

振出地 東京都中央区

支払場所 協和銀行亀戸支店

振出人 被告

2  原告の書換前の手形及び小切手の取得

原告が、昭和三九年一一月七日頃、吹原から書換前の(1)ないし(6)の手形六通を受領し、現金一億八〇〇〇万円を同人に交付したこと、同年一一月一〇日頃、書換前の小切手(1)及び(2)の小切手二通を受領し、吹原に金二億円を交付したことは、当事者間に争いがない。

3  本件手形への書換

(一) 被告が、昭和四〇年二月八日頃、前記書換前の(1)ないし(5)の手形を書換前の(7)ないし(11)記載の手形五通に書き換え、さらに、同年四月二日、書換前の(1)、(2)の小切手を数度の書換を経たうえで最終的に書換前の(13)の手形に、書換前の(6)の手形を同(12)の手形にそれぞれ書き換えたことは、当事者間に争いがない。

(二) 《証拠省略》によれば、以上の手形書換えについては以下のような事情があったことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(1) 被告は、昭和四〇年一月中旬頃、被告振出の手形が森脇のところにいっているようであること、秋山社長所有の南平台の不動産が森脇の方に登記されているようであることを聞き知り、また前記e、fの手形について吹原からこれを取得した長谷川工務店から振出確認がなされたことから、手形の行方について三和銀行ではなく、市中に流れているのではないかとの疑いを抱くに至ったが、被告が吹原に交付している手形、小切手の金額は多額に昇っていたため、これらが銀行を通じて取り立てられれば、会社の破綻も免れられないと考え、吹原との前記二月八日の手形の書換えに応じた。

(2) 被告は、同年二月中旬頃、被告振出の手形、小切手が森脇の手中に保管され、南平台の不動産については森脇の関係者である徳田一枝名義で仮登記がなされていること(右事実については当事者間に争いがない。)を確認したため、渡辺留吉弁護士を通じて森脇、吹原と交渉を続けていたが、原告は、同月一〇日過ぎ頃被告に対し、同年三月一三日付の小切手二通額面合計金二億円を支払銀行に取立に回す旨を通知してきたため、被告は色を失い、交渉の結果、前記四月二日の書換えをなした。なお、南平台の不動産については、同年三月二〇日頃、仮登記の抹消がなされた。

(3) その後、被告は、手形についての交渉がまとまるまで、手形の支払期日の訂正または手形の書換えを行うことにし、書換前の(7)ないし(13)の満期日の訂正が行われ、本件(1)ないし(7)の手形となった。

以上の事実が認められ、また、被告が書換後の手形を本件書換前の手形及び小切手と実質的に全く別物として振り出す旨の意思表示をした等の特段の事情の存在を認めるに足る証拠は存しない。

(三) 以上の事実によれば、右手形書換えは当初吹原の詐欺により振り出された書換前の手形及び小切手の支払期日の延期を目的とするものと認められるから、手形債務者たる被告は、右書換前の手形及び小切手について存した人的抗弁事由を書換後の本件各手形についても主張できるというべきである。

4  取消しの意思表示

《証拠省略》によれば、被告は、吹原及び吹原産業に対して昭和六〇年一一月二七日付内容証明郵便をもって、本件手形振出(すなわち右振出の原因となった吹原産業との間の融通契約)を吹原産業による詐欺を理由に民法九六条一項により取り消す旨の意思表示をなし、右は同月二八日に吹原に、同月二九日に吹原産業に到達したことが認められる。

5  原告の害意

(一) 原告及び吹原の経歴等

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

森脇は、昭和三年慶応義塾大学を中退し、貸金業、土地売買斡旋業、出版業等に従事してきたが、同三四年三月に、先に同三一年二月出版業を営むために設立していた原告会社の営業目的に金銭の貸付仲介等の業務を付加し、その代表取締役として貸付業務の全般を統括主宰していた(以上の事実は、当事者間に争いがない。)著名な高利金融業者であり、高利金融についての知識経験も極めて豊富であった。

他方吹原は、枕木の販売等を営業目的とする北海林産及び貸しビル業、遊技場経営、宅地造成並びに分譲、不動産売買、倉庫業等を営業目的とする吹原産業の代表取締役として、昭和三七年当時、北海道釧路に吹原団地の建設、東京都内五反田にボーリング場建設の事業を計画推進しており、また都内銀座に吹原ビルを建築するなどして大規模に事業を行っていた。

(二) 《証拠省略》によれば、吹原は、本件にあらわれた被告振出の手形及び小切手以外にも、次のとおりそれぞれ本件と同様に「吹原産業は多額の融資枠をもっているので、これを用いて融資を受けられるようにしてあげる。」などと偽りを述べて、以下記載の約束手形等を騙取したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 昭和三九年八月二七日頃、朝日土地から同社振出の約束手形四通額面合計金八億円を、また同年九月一六日頃、約束手形二通額面合計金一億六五〇〇万円、同月二五日頃、約束手形二通額面合計金三億六〇〇〇万円及び同社株式四〇〇万株の株券時価合計金七億二〇〇〇万円相当。

(2) 昭和三九年一一月一八日頃、訴外藤山愛一郎(以下「藤山」という。)らから同人振出の約束手形五通額面合計金五億円、また同年一二月二六日頃、同人から同人所有の不動産の登記済み権利証など。

(3) 昭和三九年一二月九日頃、訴外株式会社間組(以下「間組」という。)から同社振出の約束手形七通額面合計金一〇億円。

(4) 昭和四〇年二月二〇日頃及び同月二二日頃、訴外市村清から同人及び同人が当時代表取締役であった株式会社三愛の共同振出の約束手形六通額面合計金六億円。

(三) 原告と吹原との貸金関係

《証拠省略》によれば以下の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(1) 吹原は昭和三七年頃から、森脇に接触し、自己の事業規模の大きさや当時有力な政治家であった黒金が自己の事業を応援していることなどを吹聴しながら、多数回(昭和四〇年四月ころまでの間に数百回)にわたって吹原産業名義で政治資金あるいは吹原団地の造成資金の名目で多額の資金借入れを行うようになった。

吹原は、原告会社から借り受けた資金を、一部原告会社への返済や自己の事業資金に充てた外は、三菱銀行、大和銀行、三和銀行等に通知預金あるいは定期預金などして、その預金証書を森脇に渡す方法で、預金取引を繰り返し、銀行の信用を得て借り受けた金員は、一部を自己の事業資金等に充てた外は、原告会社への返済金に充てることを継続した。

(2) しかし、吹原は、昭和三八年秋頃から原告に対する返済を渋滞するようになり、これに対し森脇は、吹原が利息等の返済を渋滞すると、これを元本として新たな貸付を起こすという方法を取ったため、貸付元本及び利息金の支払額はより増加していき、昭和三九年五月頃には、原告からの借入れが原告の計算によれば元利合計で金三〇数億円にも達した。

吹原は、昭和三九年六月一日、原告との間に和解契約を結び、同日以前の債務を一部整理して旧債務となし、同日以降の新規取引と区別したが、吹原の森脇ないし原告に対する旧債務は昭和三九年一〇月末当時までさらに大幅に増加していた。

また、右返済が渋滞しはじめた昭和三九年頃から、吹原は、前記詐取した手形を含む他人振出にかかる額面金額の大きい手形を、割引や、新規融資を得るために森脇方に大量に持ち込むようになったが、森脇からこれらの全部または一部を既存の債務や延滞利息等へ充当すべきことを主張され、右状況下でこれに服せざるを得ず、吹原産業の運転資金や、振出人に交付すべき割引金の捻出に苦慮するようになった。

(3) 他方、森脇は、吹原から他人振出の手形や履行の保証となるような他人名義の念書を積極的に受領しながら、吹原に対し、実際に融資金を全額交付するか否かは別としても、新規貸付を増大させていき、敢えて貸付総額を限定することはしなかった。

(4) 以上の原告と吹原との取引は、通常の手形割引ないし手形貸付取引に比し、奇異な側面があることは否めない。

(四) 昭和三九年当時の吹原の資力状態

《証拠省略》によれば、昭和三九年五月当時、吹原は前記森脇からの借受金以外にも、吹原産業名義で大和銀行から金三〇億円を、三和銀行から金六億円を借り受けていたこと、そのため、銀行、森脇への利息や、建設中の五反田のボーリング場(毎月約四、五千万円宛)及び釧路の吹原団地関係の費用等の支払で、その支出は巨額に昇っていたこと、他方、当時吹原産業の収入としては、五反田のボーリング場、釧路の団地も造成中であって、それらからの収入はなく、吹原ビルの家賃収入等の月収約金一千七、八百万円程度で、その他に格別の収入がなかったこと、そのようなことから吹原産業は資金難に陥っており、吹原は資金獲得に狂奔していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(五) 原告の吹原の資金状態に対する認識

森脇が、吹原に対し、昭和三九年当時多額の貸付をしていたことは、前項に認定のとおりであるから、金融業者としての長い経験を有する森脇としては、吹原の資力状態に重大な関心を持ち、常にこれを調査するのは当然であるところ、既に認定のとおり、昭和三八年秋ころから吹原は利息の支払を渋滞するようになり、他方で盛んに他人振出の手形を森脇方に持ち込むようになったというのである。しかも、《証拠省略》によれば、書換前の手形及び小切手の振出当時には、それ以前に吹原から貸付金の担保として交付を受けていた三菱銀行長原支店の金三〇億円に昇る通知預金証書について、吹原から預金の引出し延期を懇請され、あるいは吹原がその預金の存在を疑わしめるような発言をしていることを聞き知るなどの状況が出てきていることが認められるのであるから、右のような立場にあった森脇が、吹原の資力に不安を感じなかったとは考えられない。他方で、《証拠省略》によれば、森脇自身あるいは輩下の平本一方と吹原とは、前記多数回にわたる貸借の関係で、相互に絶えず連絡を取り合い、行き来をしていたことが認められるから、たとえ吹原が、自己の資産状態について誇大なことを述べていたとしても、経験の深い森脇は、吹原の前記逼迫した資産状態について当然認識していたと推認するのが合理的である。

原告会社代表者尋問の結果中には、書換前の手形及び小切手取得当時においても森脇が、吹原の三菱銀行から釧路の吹原団地に関して金六〇億円の融資が出る旨の言を信じていたとの供述部分があるが、森脇が右多額の融資の実現性の有無について独自の調査をしていなかったことは明らかであるうえ、前記の如く同銀行の通知預金について疑いを抱かせるような状況が出ていたというのであるから、到底右の供述部分は措信できない。

(六) 書換前の手形及び小切手の対価の支払について

森脇は、第一回目の手形を吹原から取得した際、金三億円の手形に対して、現金一億八三〇〇万円しか交付していないことは、当事者間に争いがない。

前記認定の森脇の高利金融業者としての経験及び吹原との取引の経緯からすれば、森脇は、被告が砂糖の製造を目的とする会社であること、吹原産業が貸しビル業、遊技場経営、宅地造成並びに分譲、不動産売買、倉庫業を営む会社であることを認識していたことが推認できる。

右の事実及び既述の原告の吹原の資力に対する認識に関する事実を総合すると、原告は、吹原産業から書換前の手形及び小切手を受領する際、右のような多額の手形及び小切手が吹原と被告との間の商取引によって生じた債務支払のために振り出されたものであったと考えるはずがないから、右手形及び小切手が、いわゆる融通のために振り出されたことを推測しており、しかも吹原が到底右手形及び小切手の振出人に対して正当な融資金を交付し、あるいは将来決済する能力がないことを知りながら、敢えて書換前の手形及び小切手を取得したるのと推認する外はない。

(七) 原告の振出確認について

(1) 原告会社代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、森脇は、昭和二九年頃、訴外岩久保仁、同鈴鹿武、同荻野荘都夫らの詐取した手形を割り引いた事件で、東京地方検察庁で取調べを受けた際、同庁に対し、「爾後念には念を入れて手形の発行確認をし、詐欺手形を取得するような間違いを起こさない」旨の上申書を提出していることが認められる。

また、金融が逼迫している社会情勢か否かに拘らず、一般にいわゆる一流企業や有名人にとっては、いわゆる市中の高利金融業者から金融を受けること、その振出手形が同様な金融業者を転々流通することは、これら振出人の信用を失墜させるものとして嫌われることは公知の事実であり、右事実は、手形取引に習熟している森脇においても当然認識していたはずであるところ、本件手形の振出人は東証第一部上場会社である(右は公知の事実である。)被告で、金額も極めて多額のものである。

従って、右のような手形が持ち込まれた場合には、金融業者である森脇としては、右手形が吹原に取得されるに至った経緯等を含め充分な振出確認を行うのが当然であると考えられるところ、証人松下庄治郎の証言によれば、その様な確認はなされなかったことが認められる。

(2) ところで、原告は、「昭和三九年一一月六日、吹原産業ビルにおいて吹原産業社員に頼んで電話で被告会社を呼び出してもらい、応対した被告会社の松下経理部長に対して原告自ら振出確認をしている。」と主張し、原告会社代表者尋問の結果(昭和五九年一二月一七日証拠調)中には、右主張に添う供述部分があるが、前記被告と吹原との取引の経緯に照らせば、森脇が三和銀行員を装うでもしない限り、被告が右のような確認の電話を森脇から受けながら、直ちに吹原及び森脇に対して調査を開始しないことなど考えられないことであるから、右供述はにわかに措信しがたく、外に右供述を裏付ける証拠はない。

また、右供述中には、森脇は、その頃森脇の取引銀行に対して右書換前の手形及び小切手が被告によって振り出されたものか否か調査させた旨供述している部分があるが、仮に右のような調査がなされたとしても、そのような調査で手形の詐取等までが明らかになるわけではなく、森脇自身による振出確認に匹敵するようなものとは認め難い。

(3) 森脇が、右のように振出人に対する調査確認を怠ったことは、前記(1)記載の事実及び既に認定した吹原の資力に対する森脇の認識を前提にすると、通常の手形割引ないし手形貸付取引に比して極めて不自然であるというべきところ、敢えて確認調査行為を怠ったことについて合理的に説明し得るような事情も認められない。

(八) 押一一〇号について

(1) 左記の書面が存在することは当事者間に争いがない。

「冠省株券は数をそろえて居りますので、肇から後から直接そちらえ御届け致します。あと三十分くらいで行くと思います。手形だけは別に私がさきに持帰りましたから、別に使之者え持参致させました。

注意 銀行で割引いたことになっているからこの手形に吹原産業の宛名を入れ、裏書をして裏書の上に裏書上の責任を負わずとかいて捺印して、領収欄に領収印を押して引き渡さるべきでせう。

右要用まで

昭和三九年拾壱月拾壱日

森脇将光

吹原社長殿

侍史」

(2) 《証拠省略》によれば、右書面は、吹原は、昭和三九年八月下旬頃から同年九月二五日頃までの間に三回に渡り、朝日土地の代表取締役丹沢善利らを欺罔して同社振出の約束手形八通(額面合計金一三億二五〇〇万円)及び同社株式四〇〇万株(時価合計金七億二〇〇〇万円相当)を詐取し、森脇に、右手形の内合計金八億八〇〇〇万円分の手形を交付していたが、その後手形の行方に疑問をもった同社から強く追求を受けた結果、同社の手形が銀行ではなく森脇のところにいっていることを告白し、手形と株券の返還を要求されてこれを承諾し、昭和三九年一一月一一日、森脇に金一億六〇〇〇万円の日銀小切手を交付するのと引換えに、森脇から同額の朝日土地の手形と一五〇万株の株券の返還を受けたこと、前記文書は、原告が、前記一一月一一日作成し、使いの者に託して右手形などと一緒に吹原方に届けられたものであることが認められ、以上の認定に反する証拠はない。

(3) そして、右書面の内容、体裁等について検討すると、右書面は右手形が一旦銀行で割り引かれたように仮装することの指示をその内容の一とするものであること並びに右書面は「注意」の二文字が大きく目立ちその横に二重丸がしてあることが指摘でき、しかも森脇がわざわざ右書面を書いて吹原に届けたことなどを右書面の作成された前後の状況、既に認定した原告と吹原との間の取引の経緯と併せ考えると、この書面は、森脇において吹原が朝日土地に対して手形は銀行で割り引くと虚言を弄していることを認識し、手形面に工作をして返すよう注意したものであると認めるのが相当である。

(4) してみると、森脇は、被告振出の書換前の手形及び小切手を吹原から取得した僅か数日後には、朝日土地に対する吹原の欺罔行為を認識していたことになるところ、本件全証拠によるも、その数日間に森脇が右欺罔行為を新たに認識し得るような特別な機会があったことを窺わせるような事情は認められない。

(5) 原告の反論について

原告は、吹原が右手形を返還する際、森脇に「あの手形は社長の方で銀行から再担保として割り引かれませんでしたか。朝日土地の言うには初めからあの株式は自社株になっているから私の資金先であちこち回されると困るからといっていたので、私は自分の資金バックではあちこち回すことなく銀行で割り引くのだから心配するなといっておきましたから社長が割り引かずにいたなら誤解を受けるかも知れませんね。どういうふうにして返したらいいでしょうか」といったことを契機として右書面が作成された旨主張するので、この点について判断する。

イ 同書面の作成経緯について、森脇は右刑事事件公判供述中で、以下のように述べていることは当事者間に争いがない。

「(昭和三九年)一一月一一日吹原を介して朝日土地に同社振出一億六〇〇〇万円の手形と一五〇万株の株券を返す際、吹原が、『あの手形は社長の方で銀行から再担保して割り引かれませんでしたか』と聞いたので、金が必要なら割り引こうとも思ったが、それほど必要でもなかったので割り引かなかったと話したところ、吹原は、『朝日土地の言うには初めからあの株式は自社株になっているから私の資金先であちこち回されると困るからといっていたので、私は自分の資金バックではあちこち回すことなく銀行で割り引くのだから心配するなといっておきましたから社長が割り引かずにいたなら誤解を受けるかも知れませんね。どういうふうにして返したらいいでしょうか』と聞くので、自分の方では株式担保で吹原産業の手形を割り引き、その副担保といった意味で朝日土地の手形を差入れてもらったのだから自分が銀行で割り引いていようといまいと誤解を招くことは何もないと思ったから、そのまま返したって差し支えないことですよといっておいたが、しばらくして運転手に手形を届けさせるとき、さっき吹原が話したことを思い出し老婆心までに後日いかなる観点からも吹原が誤解や損害を受けることのないようにと思って走り書きで手紙を書き、最後注意としてそのことを書き添えた。」

ロ しかし、森脇の右供述は、以下の理由で信用することができない。

吹原は、右手形の返還に先立ち昭和三九年一〇月下旬に朝日土地の丹沢善利らに対して右手形が森脇のところに入っている旨を既に告白していたものであり、右告白の内容が森脇によって割り引いてもらっていたものであるとしても、あるいはたんに預かっていたに過ぎないとしても、いずれにしても、右手形の返還を約束していた吹原において銀行で割り引いた事実があるように仮装すべき理由は全くなく、森脇の供述するような内容のことを吹原が森脇に対し述べるというのは、仮に吹原が朝日土地に対して自己の詐欺行為の全容までを話していないとしても、不自然である。

また、右書面作成の動機について検討しても、右吹原発言の存在を前提としない限り、右書面の内容からみて、朝日土地に対して右手形が銀行で割り引かれたかのように仮装すること以外にその作成の動機があったとは考え難い。そもそも、受取人が振出人に対して自己が裏書をしないまま手形を返却する場合に、受取人が損害を受ける危険性は通常考えられず、原告の主張するような朝日土地社内の経理上のミス等による紛争の発生や、手形返還後の手形の盗難紛失というような稀有の場合を予想して原告が右のような忠告をするなどということは不自然であり、森脇が右手形に関する取引についてなんらやましいところがないと考えていたとすれば、なおさら不自然である。

よって、前記のとおり、森脇が、原告主張のような動機で右書面を作成したものとは認められず、右書面の作成動機は、森脇において朝日土地に対して右手形が銀行で割り引かれたかのように仮装することにあったと認めるのが相当である。

そうすると、原告の反論はいずれも理由がない。

(九) 結論――原告の害意

以上の(一)ないし(八)の認定事実及びそれに基づく検討の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告代表者である森脇は、特段の事情がない限り、被告振出手形及び小切手の割引に関与した最初から、吹原が被告に対して虚言を弄して本件書換前の手形及び小切手を騙取したものであることを認識していたものと推認するのが相当であり、右特段の事情が存在するとの証拠は本件全証拠を精査しても認め難い。従って、森脇は、本件書換前手形及び小切手の取得時には、それが騙取手形であることを認識していたものと判断するのが合理的である。

ところで、右のように認定すると、昭和三九年一一月一一日をひとつの境目とし、それ以後に森脇が手形等を取得した事案のみにつき、賍物故買もしくは賍物収受罪の成立を認めた高裁刑事判決と一見抵触するかの如くであるが、一般に刑事裁判の事案とその基礎を同じくする民事裁判とが別異の結論を出すことも止むを得ない場合がある。もっとも高裁刑事判決においても、「前記の書面は、森脇において吹原が被告に対して、手形は銀行で割引く旨の虚言を弄うしていることを認識していたか、遅くともこの書面を作成した日にそれを認識したことを示しているというべきである。」と判示し、森脇が右認識した日を明確にしていないのに過ぎず、刑事裁判における証明と民事裁判におけるそれとの差異を考慮すれば、前記の当裁判所の認定は、高裁の刑事判決の認定と矛盾するものではなく、民事裁判の立場からこれを一歩進めて認定したまでである。

二  結論

以上によれば被告の害意の抗弁は理由がある。

第三  よって、被告のその余の抗弁について判断するまでもなく原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢部紀子 裁判官 富岡英次 裁判官片野悟好は転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 矢部紀子)

〈以下省略〉

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